西原理恵子漫画原作の映画『パーマネント野ばら』は淡々としていてどこか空しい雰囲気が漂う作品だが、その中でも笑いあり、ドンデン返しありと飽きのこない作品です。主演の菅野美穂さんをはじめ、脇を固める俳優さん達の個性的な演技も魅力的です。原作漫画しか知らない、まだ見たことがないけど気になってるという方は是非一度見てみてください!
『パーマネント野ばら』(パーマネントのばら)は西原理恵子の漫画作品。『新潮45』で2004年1月号から2006年7月号まで間欠的に連載され、2006年9月に新潮社より単行本が出版された。
2010年菅野美穂主演、吉田大八監督で映画化、2010年5月15日より原作者「西原理恵子」の出身地で、作品の舞台でもある高知県で先行公開、5月22日より全国公開。
ある田舎の漁村にある唯一の美容院「パーマネント野ばら」。なおこは離婚し、娘を連れて母の経営するこの美容院に身を寄せている。美容院は町の女た ちの「たまり場」と化していて、 あけっぴろげに自分たちの悲哀や愚痴をこぼし合い、罵り合い、笑いあっていた。 なおこの二人の友人も男運が悪く、みっちゃんはフィリプンパブを経営しながらヒモ男に金をせびられ、 ともちゃんも付き合う男が皆暴力男で、捨てられてばかりいる。なおこ自身も、地元中学校教師のカシマさんと密会を繰り返していた。 しかし、愛情を感じながらもなおこは掴み所のないカシマさんの態度に、戸惑いと孤独を感じていた。
第14回富川国際ファンタスティック映画祭(2010)・NETPAC賞
パーマネント野ばらが連載されていた新潮45(しんちょうよんじゅうご)とは、新潮社から発行されている月刊誌の一つ。
1982年4月に5月号で創刊。創刊時の誌名は『新潮45+』(しんちょうよんじゅうごぷらす)で、当初は45歳以上の中高年以上を対象とし、生き甲斐と健康情報をテーマにし、文化人が寄稿していた。創刊CMでも活字が大きくて老眼の中高年にも読みやすいことをアピールしていた。
もともとは文芸畑出身の新田敞出版部長が企画して創刊されたものだったが、売上低迷により廃刊が検討され、その際に重役齋藤十一の管轄となった 。編集長は斎藤門下で『週刊新潮』編集部出身の亀井龍夫が指名され、1985年5月号から誌名を『新潮45』に改め、「日記と伝記とノンフィクション雑誌」を特徴としてリニューアルされる。同時に約50ページの増ページとともに定価も450円から700円に値上げした。さらに保守・反人権路線にカラーを一新することで売上を伸ばした。“人間の生と死を探求する視点を継承しつつ、さらに「発見力」を高めたい読者に届ける新総合月刊誌”を称している。なお、初期は『死ぬための生き方』や、『生きるための死に方』(共に新潮文庫)などの、死生学を扱うことが多かった。その後は事件ものも扱うようになる。
ビートたけしが連載を持ち、それをまとめた単行本「だから私は嫌われる」などはベストセラーになった。
その後、編集長は石井昂から早川清を経て、2001年から2008年にかけて中瀬ゆかりが担当。中瀬編集長体制下では、30代から40代の女性読者を対象にして、犯罪、事件、芸能、スポーツ、セレブ等を題材にした巻頭特集「13の事件簿」を連載開始。さらに岩井志麻子、中村うさぎら人気の女性作家がセックスに関する連載を持つようになり、男性読者が離れて女性読者の割合が増えたというが、部数増の結果を残せなかった。
2002年、同年から開始の新潮ドキュメント賞の発表誌となる。
2008年11月号から宮本太一が新編集長に就任。月刊誌の休刊が相次ぐ中で好調の『文藝春秋』をライバルに見据え、新潮ジャーナリズム路線への回帰を打ち出す。そのリニューアルで女性を対象にしたセックス記事と事件簿シリーズは打ち切られた。2011年6月号より編集長が三重博一に交代。
1987年5月号で川端康成邸で見つかった原稿が、川端の初期未発表作品だったとして編集部で「世の終り」と仮題をつけて掲載。文学史上の発見と報じられる。ところが同誌発売前にその13枚の短編小説は横光利一作品とほぼ同一であることが判明。誤報だった。
石井編集長時代の1998年3月号に掲載した堺市通り魔事件を取材した高山文彦の「『幼稚園児』虐待犯人の起臥」)で当時19歳だった男性被告人の実名と顔写真を掲載した。そのため、同被告人から少年法違反とプライバシー侵害による損害賠償請求の民事訴訟を起こされ、一審で敗訴したが、2000年2月29日、大阪高等裁判所は原告の請求を却下した。
2005年10月号では中村うさぎが風俗嬢に挑戦した体験記を発表して話題を呼んだ。
パーマネント野ばらの配給会社である株式会社ショウゲート(英文表記:SHOWGATE Inc.)は、映画・映像ソフト製作を主な事業内容とする日本の企業である。
アミューズの子会社として設立されたアミューズピクチャーズ株式会社が発祥である。その後東芝へ譲渡され、「東芝エンタテインメント株式会社」となる。そして2007年、東芝グループの事業再編成計画による株式譲渡で博報堂DYメディアパートナーズの子会社「株式会社ショウゲート」となった。
映画の製作や配給、ビデオ・DVDソフトの制作・発売等を手がける。商号は、エンタテインメントコンテンツへの門を意味するが、「笑門来福」の意味もかけられている。
なお、同社が制作するソフト類の販売元は、東芝グループ傘下だったEMIミュージック・ジャパン(旧・東芝EMI)ではなく、ジェネオン・ユニバーサル・エンターテイメントジャパン(旧・パイオニアLDC→ジェネオン エンタテインメント)やハピネット・ピクチャーズ、アミューズソフトエンタテインメント、ポニーキャニオンなど様々である。過去には東芝EMIに対して主にディスク製造を委託していた。
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